読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヤギツバの日記

大人気ブロガー「ちきりん」さんの二匹目のドジョウをどん欲に狙った、おちゃらけ社会派ブログです。

僕の夢はYouTuber!!/少子化は投資家の眼が超えたことによるもの

技術関連株が、連日高値を記録する中で、その他の株は、
あまり成長が見えませんね。

 

工場の生産はどんどんロボットに置き換えられ、技術関連株が
得ている利益というのは、つまるところ、

労働者コスト-ロボット運用コスト = ロボット業者の利益

という簡単な式に落とし込めるんですよね。

 

ロボット運用コストは、AIの成長やさらなるセンサーの進歩や
半導体のデータ容量増加、ネットワークの良質化により、
どんどん下がっていきます。

 

当然、技術関連株は既に存在するコストを削減できるわけですから、
利益を積み増していくわけです。

 

利益を出せば、さらにロボットの開発にお金を回すことができ、
運用コストはさらに下がっていきます。

 

こうなってくると、もはや歯止めが効かなくなり、
人間の労働というものは、YouTuberやら作家くらいしかなくなります。

 

たまに「将来の夢はYouTuber」という子供の無邪気すぎる夢を
批判する人を見かけますが、彼らの視点は現実的であり、
「工場で蟻のように働く」などという安定した仕事は、
残されていない可能性が高いのです。

 

では、僕たちはどうやって生き残るべきなのか?

 

それは、この言葉に集約されます。

「投資先を間違えない。」

一昔前であれば、子供を産むことはリスクを減らしました。
子供を産めば、農業の働き手が確保できますし、女性であれば、
家事を担ってくれます。

しかし、今後は子供を産んでも、その仕事はロボットに奪われているため、
ペイできない未来が想定できます。

そのため、「子供を産む」という誤った投資をするのではなく、
「技術関連株を買う」という投資に切り替えるべきでしょう。


人間がやってきた仕事のほとんどはロボットが行うようになれば、
ロボット化によりコスト削減に成功した資本家の利益は、
ますます増します。

ブラックスワンという本には、「月並みの国」と「果ての国」が
登場します。

「月並みの国」では全ての現象がベルカーブの確立に従っています。

人間の体重、身長など、サンプルをとり、平均をとれば、
そこそこ中身が分かる世界のことです。

「果ての国」では、そうはいきません。
火星からやってきた宇宙人が、所得について100人
くらいのサンプルをとって平均を出そうとしても、
ビルゲイツ1人が混じるか、混じらないかで結果が全然違うのです。

資本は集約化が進み、僕たちはさらなる「果ての国」で、
生きていかなければいけません。

そんな僕たちが生き延びる手段は、「株主側に回る」ことで、
解決されていきます。

もしかして、少子化っていうのは、現代の若者が完璧に理解していないながらも、

 

「消費者」ではなく、「投資家」として、子どもへの投資は無益ということを、無意識に感じ取っていることから起きている現象なのかもしれません。

労働者コスト-ロボット運用コスト = ロボット業者の利益

が動き続ける限り、労働は減少していくでしょう。

【経済】マクロン当選!フランスはどう変わる??

フランスの大統領はなんと39歳です。

若いですね。

そもそもフランスとはどういう国だったでしょうか?
フランスとは、EUの国の一つです。

EUの中でもかなり大きい国です。
ざっくりと、どのくらいの国なのかまとめてみると、


 GDP 人口
ドイツ :3.356兆USD 8141万人
イギリス:2.849兆USD 6681万人
フランス:2.422兆USD 6514万人
日本 :4.938兆USD 12700万人

日本の半分くらいの人口といったところでしょうか?


最近のフランスは、GDPがイギリスに追い抜かれるなど、
確かに低成長気味でした。

ただし、フランスの出生率

1.99人/女性一人当たり

となっており、イギリスの1.83、ドイツの1.39を上回っています。

そのため、出生率は争点になりずらい部分です。

今回争点となっていたのは、EU残留です。
マクロン氏は右翼でも左翼でもない中道であることを明言し、

財政赤字GDP比3%以内に収めること
法人税率を33%→25%へ引き下げること
・移民を受け入れ、EUは離脱しない。

などが、主な政策です。

フランスについては、移民を受け入れることで、
経済全体を膨らませる方向に舵を切りました。

法人税率についても引き下げることで、経済の活性化を
目指しています。

日本についてもいよいよ法人税引き下げの圧力が
かかることになるでしょうね。
ただし、実効税率(法人所得に課される国税地方税
税率を足し合わせたものであり、法人税や住民税、
事業税の表面税率をもとに算出したもの)については、
日本は世界7位です。

そこまで高くありません。


順位 名称     実効税率(%)
1位 アメリカ 38.92
2位 フランス 34.43
3位 ベルギー 33.99
4位 ドイツ 30.18
5位 オーストラリア 30.00
5位 メキシコ 30.00
7位 日本 29.97

(世界の法定実効税率ランキング
http://ecodb.net/ranking/corporation_tax.html


日本は税をシンプルにしたほうがいいような気がしますけどね。。。

もうそろそろ昔話は書き換えた方がいいかもしれない。【その1】桃太郎をアップデートする。

先日、家に甥が遊びに来た。

甥が来ていて、昔自分が読んでいた桃太郎絵本を読んであげたが、

どうやら理解していない。

 

そこで、そろそろ昔話もアップデートしないといけない時期なのではないかと感じた。

 

昔話というのは、そもそも、昔からの教訓を伝えるために書かれているだけであり、決して昔っぽい要素が大事なのではないのである。

 

そこで、昔話の教訓をふんだんに含んだ、昔話の現代版。

「現代話(いまばなし)」

を発行すれば、大ヒット間違いなしだと思い、とりあえず有名な桃太郎をアップデートしたいと思う。

 

昔話の教訓を損なわないように、昔話と対比させ、問題点と伝えたいことをスクリーニングしながら小分けにして、慎重にアップデートを進めていこうと思う。

まずは、冒頭部分の桃太郎を見ていこう

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

【昔話】

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

さっそく問題点多数だ。

まず、「この教訓は現代でも通用する!!」というリアリティを持ってもらいたいのに、いきなり「むかしむかし」では、子供の心を震わせることはできない。

なのでここは、「つい先日の話である。」から入ろう。

 

さらに、「おじいさんとおばあさんが住んでいました。」というのは、どうも違った問題提起を思い浮かばせてしまう。

どちらかというと、「老人の孤独死」とか、そういう寂しい方向を連想させてしまう。

そこで、今回は思い切って、「おじいさんとおばあさん」の部分を「不妊治療で悩む夫婦」に書き換えてしまおう。

確かに「おじいさんとおばあさん」の醸し出すほのぼの感はなくなってしまうかもしれないが、現代社会での問題意識を子供に伝えるには、これでは弱すぎるのだ。

そのため、

「つい先日の話である。あるところに不妊治療で悩む夫婦が住んでいました。」

悪くない。

冒頭としては悪くない。

進めよう。

 

さて、ここで一つ問題が発生する。

「おじいさん、おばあさん」という呼称についてだ。

改変してしまった後で、いくら羨ましがってもどうしようもないが、

「おじいさん」「おばあさん」というのは柔らかい響きだ。

今回の場合、不妊治療で悩む夫婦に改編してしまっている。

 

なんとなく若い夫婦をイメージしていたが、それぞれ個別の呼称が難しい。

 

よくよく考えてみると、「おじいさん、おばあさん」というのは、高齢男性、高齢女性の言い換えである。

別に子供を産んでいなくても「おじいさん、おばあさん」になれるわけである。

 

そう考えた時に、結婚適齢期の男性、結婚適齢期の女性を柔らかい響きで何といえばいいかが問題なのである。

 

そこで、それぞれの年代の呼称を調べてみた。

『年齢層の呼称・事柄からみた「年齢」』の意味と定義(全文) - 辞書辞典無料検索JLogos

 

検索の結果、男性の方は、「壮年の男性」が適切だろう。

女性の方は、「桃夭の女性」にしよう。「桃」も入ってるしちょうどいい。

 

「つい先日の話である。あるところに不妊治療で悩む壮年の男性と、桃夭の女性が住んでいました。」

 

うん。重厚感が出たような気がする。

 

さて、さらに問題なのは、職業である。

現代社会では、おじいさんは、山へ芝刈りなんていかないし、おばあさんも川で洗濯はしない。

ここも子供にリアルを感じてもらうためには、アップデートが必要だろう。

 

現代社会での男女の職業の割合を見てみると、

男性の場合は、工場労働。

女性の場合は、事務。

というのが、一般的なようである。

matome.naver.jp

 

女性は家事だけやっていればいいなんていう甘ーい時代はとうに終わりを迎え、

男女共働き世代が多い。

昔と違い、子供の教育には大卒まで考えれば、非常にコストがかかり、家族の労働者として子供を産むという認識はもはやないだろう。

 

日本で子どもを養うには、川で洗濯なんかしている場合ではないのだ。

よって、現代話では、このように改変しよう。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------

【昔話】

つい先日の話である。あるところに不妊治療で悩む壮年の男性と、桃夭の女性が住んでいました。

壮年の男性は、工場労働へ。東洋の女性は事務へと出かけました。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

うん。

とりあえず、こうしておこう。

続きは次回書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少子化対策に物申す。少子化でいいんじゃない?

少子化対策で、日本の人口を増やさな得れば!!」

という政治家はたくさんいますが、

そもそもなんで人口を増やさなければいけないのでしょうか?

 

人口を増やさないで起こる問題というのは、

・「年金制度が崩壊」

・「労働者不足」

が、思い当たります。

 

一つ目の「年金制度が崩壊」というのは、人口の変化がこうなるからと予測されているためです。

        2010年   2050年

15~64歳 約8,000万人  約5,000万人

65歳以上  約3,000万人  約3,500万人

 

年金制度は崩壊しますよね。

ただしですね、今ですら一般財源から支払いを持ってきているわけですから、国が借金をし続けるということであれば、特に問題ありません。

借金をできなくなった場合は、アウトですが、まあ、先進国はどこもそんなもんなので、別に大して問題にならないかもしれません。

 

国が潰れて困る人はいっぱいいますが、国が潰れなくて困る人はほとんどいません。これは、先送りできる問題なのかもしれません。

 

さて、次の問題が、「労働者不足」です。

 

労働者不足は今後一層と深刻になるのでしょうか?

コンビニのバイトなんかは、最近は外国人が多いですもんね。

 

これについても解決は可能です。

というよりも、ついこの間まで、若者が就職できなかったりしたわけですから、別にここで労働者を一生懸命労働者を生み出す必要があるのでしょうか?

 

就職できなかった若者は、納税者とはなりにくいので、社会的にはむしろコストです。

 

最近では、コンビニのレジはICタグで自動化しようという動きがでていますし、

自動運転自動車が普及すれば、タクシーは不要です。

これまでは、製造業のみに自動化の波が来ていましたが、今後はサービス業にも自動化の波がやってきます。

 

そうなると、少子化って本当に必要?という状態になっています。

労働者としての人間の価値は、これからどんどん下がっていきます。

 

少子化はもしかしたら現代に適応した形なのかもしれません。

必要なのは、地方を潰すことでコスト削減し、都市部に集約するような行政の方針と、

(少なくとも現在は、逆をやっています。)

過剰な少子化対策事業をやめることが、日本の将来を考えた時に最適なのじゃないかなーと覆っています。

 

 

 

【「逃げるは恥だが役に立つ」でアドラー心理学を学ぶ】

逃げるは恥だが役に立つはどんなドラマだったのか?】

最近人気だったドラマは、

逃げるは恥だが役に立つ

でしょう。

 

契約結婚」という日常離れしていて、愛とは真逆に見える入り口から、「本当の愛」に近づいていく感覚が新鮮だったのです。

(ちなみにヤギツバは漫画で逃げ恥を読みました。)

 

 

逃げるは恥だが役に立つ コミック 1-7巻セット (KC KISS)

 

流れとしては、

 

・家事代行を頼まれる。

・仕事をきっちりする。

・信頼を得る。

契約結婚した方が得であると2人が判断し、契約結婚する。
 (家事に値段が発生する。恋愛はなし。)

・一緒に住む。

契約結婚がバレそうになったため、その雰囲気を克服するため、
スキンシップをとるようになる。

・恋愛に発展。

・愛するようになる。

 

となっています。

 

さて、この結婚は凄くうまく機能しているように見えます。

なぜ、うまくいっているのでしょうか?

 

それはずばりこの部分でしょう。

 

「労働を金銭に換算している点」

です。

 

今の日本で結婚がワークしていない理由はいくつも挙げられていますが、ヤギツバ的には

 

・家事は、女性が無料でやるという、古い結婚への価値観が残ってる。

・女性が男性並みに稼げる社会になった。

 

の2つのコンボが見事に決まっているのです。

 

 

【愛とは何か?】

さて、話は変わりますが、結婚するということは、愛することです。

ところで、「愛」とはなんでしょうか?

 

アドラー心理学によれば、

愛というのは、sexという行為をすることでもなければ、

好きになることでもありません。

 

愛というのは、「共同体」になるということです。

つまり、2人が機能として1つになるということ。

 

そして、ヤギツバ的には、人間の究極的な目標は、

「幸福を目指すこと」

だと思っています。

 

つまり、結婚とは、

 

1人の人間として幸福を目指すのか?

2人の人間として幸福を目指すのか?

 

の2択を決断するということなのです。

 

 

【幸福とは何か?】

またアドラー心理学を持ち込んでみましょう。

アドラー心理学では、人間の幸福は人間関係からしか生まれないということが、結論です。

逆説から入りましょう。

 

「もし、あなたが宇宙で一人だったらあなたは幸福を得られるか?」

 

誰かに何かを伝えることも、誰かに喜びを伝えることも不可能です。

尊敬することも、尊敬されることもありません。

誰かと一緒に何かを作り上げることも不可能です。

 

ご飯を食べて、生き延びる。

できることはそれだけでしょう。

 

その状態では、幸福が生まれないのは理解できると思います。

「幸福」とは、人間関係からしか生まれないのです。

 

そして、

「不幸」も人間関係からしか生まれません。

 

誰かに悪口を言われることも、貶されることもありません。

誰かがあなたの行為を邪魔してくることもないのです。

 

ご飯を食べて、生き延びる。

できることは結局それだけなんです。

 


【結婚はボラティリティを増やす】

株式投資をやっている人は、「ボラティリティ」という言葉をご存知かもしれません。

ボラティリティとは、「変動幅」のことです。

先ほど説明した通り、「幸福」も「不幸」も人間関係からしか生まれません。

人間関係を増やすということは、
「幸福」も「不幸」も呼び込む幅を増やすと言ことです。

人間関係をある程度排除すれば、
「幸福」も「不幸」も生まれにくいです。

落ち込んだ時は、一人になりたいことが多いです。

「それはボラティリティを減らしたい。」

という欲求に根源があると思います。

しかし、人間は、ボラティリティを増やした上で、
「幸福のみを拡大すること」
も可能だと思っています。


そのヒントが「逃げるは恥だが役に立つ」に隠されていたのです。

 

【尊敬すること、尊敬されると認識すること】

逃げるは恥だが役に立つの中では、家事に値段をつけていました。

しかし、旧来の結婚では、家事は妻がやって当たり前
という家庭がほとんどです。

「金を稼ぐのは男」「家事をやるのが女」
「女は金を稼ぐことができず、男が金を稼いでくる。」

つまり、男が上で女が下という縦社会の中にある結婚だったのです。

しかし、時代は変わりました。

女性が金を稼ぐことができるようになり、結婚は縦社会では
機能しなくなったのです。

今、結婚をするということは、縦社会を新たに構築するという、
難易度の低い類のものではなく、幸福を作り出すという、
人間の芸術に挑む覚悟が必要になったのです。

「好きだから」という単純な理由で結婚した場合、
結婚は苦痛です。

縦社会が機能しなくなっている苦しみに男側は苦しむでしょう。

そうではなくて、お互いに尊敬しあい、お互いに尊敬する。
そして、その尊敬の輪を広げることを目的とした結婚は、
まだまだ今後も機能していくと思います。

逃げるは恥だが役に立つ」には、一見、縦社会を構築するかに見えます。

「お金を渡す」という行為は、上から下へ流れるように見えるのです。

しかし、「しっかり仕事をしてもらえたから、お金を渡す」という、
尊敬を示す行為が伝わっているため、縦の関係ではなく、
横の関係の構築に成功しているのです。

お互いにお互いを尊敬しあう。

これが結婚には必要です。

お互いがお互いを尊敬しあった時、それは、共同体として機能することができます。

あなたは、包丁で手を切った時、止血をし、絆創膏を貼るという
治療を「当たり前」のように行うでしょう。

その「当たり前」を相手にも拡張させること。
それが共同体として機能するということです。

もちろん、縦社会の関係ではありません。

手は手としての機能を、脳は脳としての機能を。
あなたはあなたとしての機能を、妻は妻としての機能を持つ。

これにより共同体は生まれるのです。

「自己が凡人であることを認め、他者を他者であることを認め、
その上で、共同体を作り出すこと。」

これが、幸福になるために必要なことなのです。

これが横の関係です。

 

【幸福とは科学である】

共同体を拡張することは幸福につながりますが、
これを悪用する方法があります。

それが、悪徳宗教です。


オウム真理教などがいい例でしょう。

「なぜあんな宗教に嵌ってしまう人が後を絶たないのか不思議」
という人が、かなりの数居たと思います。

これは、私の推測ですが、信者たちは、
「幸福」を感じていたと思います。

これは、まるで共同体の一部になったかのように感じるからです。


自分が「お祈り」という形で尊敬を与え、
「役割を貰う」という形で尊敬を得ていると認識できたからです。

しかしこれは、社会と隔絶された中での幸福です。

共同体の範囲を切り離した中での幸福なのです。

自分の手を切り落とし、
「ほら、手は手だけでやっていけるし、本体は本体だけでやっていける。
幸せでしょ?」
と言っているのと同じです。

狭い範囲で幸福を感じるのではなく、広い範囲まで
幸福を感じる範囲を伸ばす。

これができるようになって、初めて「オウム真理教」を批判できるわけです。

「結婚」とは宗教と似ています。

しかし、「結婚」は、2人の幸福では終わりません。

2人の幸福を目指すとともに、共同体の範囲の拡大を目指すこと。

それが、出産であり、社会への貢献であるのです。

と、まあ、説教臭くなってしまいましたが、
「愛」ってそういうことなんだとこの本を読んで、気づきました。

 

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

幸せになる勇気


スイーーユー。